きもの用語辞典 

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・いあお [位襖
古代の武官の礼服。単に襖(あお)ともいう。
  
・いいだつむぎ [飯田
織物の名称・長野県飯田市
飯田紬とは、長野県飯田で自家用として織られていた紬着尺を商品化されたものである。現在も真綿手紡糸による投杼式高機によって織られ、地質も良心的で、柄も色も都会的センスを心得ている。
植物染料で糸染し、手織で織った絹織物。
江戸時代の文化一三(一八一六)年、喬木村富田の筒井サキノが玉繭から手引きした糸で織った薄絹が富田絹として商品化され、京都で紅梅に染められて人気を集めた。
大正時代には力織機が導入され、さまざまな製品がつくられたが、現在は素朴な手機紬と白生地の生産のみとなった。
   
・いいのぎぬ [飯野絹
玉絹の一種で、小節絹ともいい、加賀地方で産出されたものの旧称。
   
・いかだもん [筏文]
文様名 →紋様のページへ
  
・イカット
インドネシアのスンバ島の経絣(たてがすり)を指します。「くくる」とか「しばる」という意味のインドネシア語が語源と言われています。現在では世界各地の絣(かすり)を総称してイカットと呼ぶ場合が多いです。
  
・いがばかま [伊賀袴]
伊賀袴とは、安土桃山時代の立付(たっつけ)袴を江戸時代に入って伊賀忍者の用いたところより伊賀袴と称した。挙動、歩行に便利なところから、武士の道中やきこり、猟師の間に用いられ、幕末には調練服の袴として重要視された。
  
・いかん [衣冠]
衣冠とは、広くは、衣服と冠の装束をいう。本来は下袴、単、袙(あこめ)、指貫(さしぬき)、袍(ほう)に冠をつけた装束で、束帯の略装。束帯から下襲(したがさね)と石帯(せきたい)をはずし、表袴(うえのはかま)を指貫に代えたもので、くつろいだ服装であるために夜間の宿直(とのい)装束とされた。
   
・いき [粋]
「意気」から転じた語。粋の字の転用。気持ちや身なりのさっぱりと垢抜けして、しかも色気を持っていること。気前よいこと。すい。人情の表裏に通じ、特に遊里・遊興に関して精通していること。
      
・いけあらい [生洗い]
衣装に付着した、汚れや汗などをしみ落としで補正する方法。現在の和装クリーニングに相当する。
   
・いげたがすり [井桁絣]
井桁絣とは、絣柄の一つ。堀井戸の上部の縁を木材で四角に組んだ象形文字が井戸の井であり、それを図案化した柄である。とくに絣柄に多く用いられ、これを井桁絣という。
   
・いこう [衣桁]
キモノを掛けておく木製の家具で、鳥居に似た形をしている。展示用は、キモノの模様がよく見えるようにするのに用い、家庭用は、着用後のキモノの汗抜きやしわを伸ばすために用いる。
    
・いざりばた [居坐機・居座り機]
居坐機とは、日本や朝鮮で古くから使われてきた手織り機の一種。5世紀ごろ、中国から機織り技術が伝わり、弥生時代の原始機が、この機に転換した。
   
・いしうちじま石内縞
織物の名称・奈良県
奈良県月ヶ瀬村の奈良晒(ならさらし)
奈良県月ヶ瀬地方において産出する麻織物。大麻・亜麻を用いた夏の着尺が中心。フランスのパリ博覧会に出品し、銅メダル賞状を授与した石打縞(いしうちじま)という黒地に白縞の入った帷子(かたびら)は有名である。
   
・いしがきみうら石垣三浦

絞り染めの一種。不規則に絞って、独特の感じを出したもの。三浦絞ともいい、慶長の頃、豊後(大分)のひと三浦玄忠の妻が有松に伝えたといわれている。

   
・いしがけこもん石崖小紋
染模様で、石崖の形に染め出した小紋。
  
・いしきあて [居敷当 尻当]
和裁用語。「いしき」とは臀部の古語で尻当てともいう。本来は、一重の着物の臀部の位置に、補強のために裏から縫い付けておく当て布のこと。着物を着て座ると体重がかかるので、表布がたるんだり、縫い目がほころ鐚利するのを防ぐため、予め補強しておく。しかし、現在は、単の着物の後ろ身ごろの裏に、左右いっぱいにウエストから裾まで付けるようになった。透けたり、皺が付くのを防ぐ目的が主となっており、用いる生地も胴裏羽二重となった。背伏せにて代用とする事もある。
   
・いしげつむ [石下紬] (豊田紬・豊田縮・絹田紬・筑波紬)
織物の名称・茨城県筑波郡谷和原村
石下紬とは、茨城県の石下町地方で生産される絹綿交織の紬織物です。豊田紬、豊田縮ともいいます。明治の末に、結城紬の編に似せた夏の着尺地としてつくりだされ、昭和の初めから、餅糸を使うようになりました。交織の締地合いに独特の雅味があるといわれます。
経糸は片撚りの生糸、あるいは玉繭から紡ぎ出される玉糸で、緯糸は木綿の強撚糸(きょうねんし)を用いて、主に足踏み織機で平織りに織られます。
    
・いしこぎれ [石子切]
緞子の名物裂。樺茶色の地に媚茶で1.5cmほどの陰の石畳の上に梅花を散らした文様を織り出したもの。
   
・いしずり [石摺り]
紬の一種。無地染めの紬の布面を軽石でこすって、表面に濃淡のむらを出したもので、主として男物の羽織時や着尺、葉尺地に用いられている。そのほかに深いしぼの縮緬を竹の皮でこすり、しぼの面だけ色を変えたものもある。
   
・いしぞこじ [石底地]
綿織物の一種。足袋底に用いられる厚地の綿織物で織底ともいう。経糸に中番手の双糸(もろいと)(2本経て)、緯糸に太い綿糸と細い綿糸を2本ずつ交互に織り込んだ家宅で丈夫な布地。主産地は埼玉県忍(おし)地方。同じものに雲斎織がある。
   
・いしだたみきんらん [石畳金欄]
石畳金欄とは、名物裂の一つ。「石畳切」ともいう。萌葱色の地と金箔による石畳文で、金箔地の部分に七宝を、地の部分に珠を織り込んだ「宝尽し」と称する文様である。唐末・宋初以来流行した吉祥文であって、金欄特有の荘厳さはないが、文様の親しみやすさと温かな美感によって古くから知られている。
  
・いしだたみもよう [石畳模様]
模様の名で、敷石を並べたように白黒を配置したもの。市松と同じ。
  
・いしょう [意匠]
工芸上の製作物にに応用する形状、模様、色彩またはその結合による美術的工夫。意匠は表現に至る過程をいい、その結果が図案である。
   
・いしょうし [意匠糸]
意匠糸とは、素材、太さ、色などが異なる糸を撚り合わせて作ったもの。あるいは、一本の糸で部分的に異なった太さを変えたものなどを含めた総称。加工法により様々に呼び分けられる。
  
・いしょうしろきじ [意匠白生地]
地紋を織り出した白生地。紋綸子、紋緞子、紋縮緬などの総称。好みの地色や模様を染める染め下生地として用いる。
  
・いしょうひながた [衣装雛形]
江戸時代に刊行された、着物の見本帳で、模様雛形、雛形本ともいう。雛形とは実物をかたどって小さくしたものの意味。寛文のはじめ頃から刊行されたといわれている。現在のファッションブックに相当するもので、肉筆のもの、木版刷りのものなど約180種類が残されている。
   
・いしわりせった [石割雪駄]
石割雪駄とは、雪駄の一種。雪駄の表を淡竹はちくの皮製とし、真のかかとの部分に鉄片を打ちつけたもの。その丈夫であるところから路上の小石などを踏み割るという意でつけられた名称。
   
・いしやまぎれ [石山切]
金襴の名物裂。花色地に紋を金糸で中牡丹唐草とし、ところどころに輪宝を織り出したもの。
 
・いずみもめん和泉木綿
織物の名称・
大阪は古くから綿織物が盛んで「和泉木綿」「河内木綿」「摂津木綿」などと呼ばれ、日本全国へ出荷されていた。
和泉木綿とは江戸時代の頃、大阪府の南部(和泉の国)で作 られていた棉や綿織物やその製品などの名称をさす。
名ブランド『和泉木綿』
綿作開始当初の農家では、収穫したままの「実綿」または種を取り除いた「繰綿」として換金し、残りを家族用に織る程度でしたが、やがて換金のための木綿織りが始まります。そして元禄~ 宝暦年間(1688~1763)には多くの絹織職人が木綿織りを始めるなどして木綿生産は急成長しました。少し時代が下りますが、文化7年(1810)には泉州木綿の年間総生産量が100万反に、さらに文久年(1861~1863)には200万反にも達しています。毛足が長く良質な、和泉産の綿花は細い糸を紡ぐことができたため、その糸で織上げた布は、染め下用の薄手の晒木綿にして手拭地や紅裏地(紅花で染めた着物の裏地)に用いられ『和泉木綿』の名で高く評価されていたのです。
 木綿織りの現場では、織機が改良されて生産効率や品質が高まるなど、和泉の木綿産業は発展し続けました。しかし、糸が手紡糸から紡績糸へ移り、布も手紡木綿から半木綿(輸入された紡績糸を半分使用)、そして丸唐木綿へと変わり、『和泉木綿』は消えてしまいました。 その後、紡績所の設立や力織機の導入で、工場での大量生産が始まり、泉州は日本の綿織物の約50%を生産する日本一の産地となりましたが、あの『和泉木綿』は幻の地場産品となって しまったのです。
   
・いずもいわいふろしき [出雲祝風呂敷]
出雲地方で、婚礼の際に伝統的に用いられる筒引き藍染風呂敷のこと。出雲地方で藍染が開始された時期は明らかではないが、木綿栽培がさかんになった江戸末期頃からと推測される。ただし、この地方でとれる藍は良質ではなかったので、価格は阿波藍の12分の1程度だったという。それでも、布を補強し虫を防ぐ効果のある藍染は、農山村の作業着としては重宝なものだった。そのためか、出雲では藍染は人の一生のさまざまな節目に顔をのぞかせる。嫁入り支度には筒引きの藍染布(祝風呂敷、油単、布団地など)を持参する風習があったし、また、子供の産湯の湯上げ、子背負い帯、節句ののぼりなどに使われる布はどれも、藍染であった。しかし、近年はそんな風習もすたれ、出雲藍染を伝承している染業者は、わずか二軒だけになった。
  
・いずもおり [出雲織]
織物の名称・島根県
農民工芸の精華と言える出雲織が知られるのは、昭和34年のこと。米子の農家出身の青戸柚美江氏は、昭和21年に安来市の青戸家に嫁いだ。13人家族の切盛りをしながら、実家の母や祖母が綿を栽培、糸を紡ぎ草木で染めて機織りする、子供は手伝いしながら習い覚える。同33年頃から家計を助ける機織りを始めた。全国の農村工芸展でも入賞、青戸氏の織物は徐々に存在感を増した。安来工芸会の設立にも参画、安来美術工芸協会へと活動の範囲は広がった。
 綿・絹・天蚕素材を生かした風雅な絵絣や、おしゃれな着物は、出雲織工房ならではの作品。後継者の三男・秀則氏は、四角形の石甕で藍を建てる日本で唯一の紺屋・佐々木茂氏(平成5年12月逝去)のもとに10年通って藍建てを修業。いまでは見事な藍の華が建つ。出雲織は伝統の技法を基に、藍・草木の彩りで、創作着物を制作する。同55年から手織りを学びたい女性を全国から受け入れているが、青戸氏の指導を得た研修生は、既に百名余りが巣立った。また、安来市の白鳥ロード沿いに平成16年に市が開設した「出雲織・のぎ白鳥の里」にある萱葺き屋根の交流棟でも、出雲織の研修生が機織の技法を学んでいる。藍染場では秀則氏が藍染に励む。
 その裏手に白鳥観察棟がある。晩秋に飛来する白鳥の観察には最適の田圃が広がっている。
   
・いずもさきおり 出雲裂織
織物の名称・島根県広瀬市
経糸には麻糸や木綿糸を、緯糸には古布(絹布、綿布)を細く裂いたものを用いた再生織物。
古布の組み合わせにより、美しい縞柄が織りだされる。
厚地で丈夫なうえに防寒にも役立つ。東北の北部や佐渡、あるいは山陰地方では、綿花が育たず貴重品だったため、このような再生織物が生産され、自家用の衣料として用いられてきた
ツヅレ織又は屑織とも呼ぶ裂織(さきおり)は、いまリサイクル織物として注目されている。かつて島根県下の各地でも古布を裂織にしていたが、広瀬町比田(現・安来市)が県下で最後の裂織だった。全国の民芸店で比田裂織の素朴な山着は評判をとった。昭和50年頃に仕事は止んだようである。
    
・いずもじぎれ 出雲路切
緞子の名物裂。花色地に浅黄で梅の折枝を散らして織り出したもの。
   
・いせがた [伊勢型]
→いせかたがみ
   
・いせかたがみ [伊勢型紙]
伊勢型紙とは、伊勢の白子、寺家(現在の三重県鈴鹿市白子町、寺家町)で特産的につくられる染め物用の型紙。略して伊勢型という。渋を引いた和紙に図柄を彫ったもの。古くからつくられていたが、江戸時代徳川御三家の一つである紀州家の藩領になってから保護を受け、専売的な権利を得て発展し、今日に及んでいる。非常に高度の技術を要求され、昭和30年その技法が重要無形文化財に指定された。
   
・いせさきがすり 伊勢崎絣
織物の名称・群馬県伊勢崎市
伊勢崎絣の歴史は古代にまで遡ることができますが、産地が形づくられたのは17世紀後半になってからです。明治、大正、昭和にかけて「伊勢崎銘仙(いせさきめいせん)」とよばれて全国的に知られていました。伊勢崎絣の特色は括(くく)り絣、板締(いたじめ)絣、捺染(なっせん)加工の技法にあります。単純な絣柄から精密な絣模様まで、絹の風合いを生かした手作りの絣として、色々なものが作られています。
    
・いせさきめいせん 伊勢崎銘仙
織物の名称・群馬県伊勢崎市
絹の風合いを活かした先染の平織物のことで、さまざまな絣糸の技法を用いて、単純な絣柄から精緻な絣模様までを手作業で織りだしたものです。
縞に絣糸を配した縞織は明治初年に生産が開始され、明治一二、三年頃から銘仙と呼ばれるようになりました。
その後、筬台絣が発明され、板締め絣、解絣の技法導入により伊勢崎銘仙が業界をリードした形です。
現在では銘仙の名がほとんど用いられないため、消滅したかのように思われがちだが、実用的な絹織物として、別の名称で多くの人々に親しまれています。
    
・いせもめん伊勢木綿
織物の名称・
室町時代の綿の種の伝来以来、伊勢地方は土・水・天候等に恵まれて綿の一大産地となり、最高級の木綿との評価を得ました。伊勢参宮のみやげに津の街道で名物の一つとして売られたり、江戸から戦前まで日常着として全国の人々に愛用されるなどして、当時の伊勢商人達の経済的基盤を作りました。
しかしながら、戦後化学繊維の発展や着る物文化の変化の中で伊勢木綿の需要は激減し、現在では作り手が臼井織布(株)一社となったため、大変貴重なものとされています。国内最高級の純綿糸を使用し、明治時代から受け継がれた機械を使って当時と変わらぬ製法から生まれるそれは、綿とは思えないほど暖かく、しわになりにくいのが特徴。一般の綿は洗えば硬くなるのに対し、伊勢木綿は洗えば洗うほど光沢や風合いが出ます。
昔から変わらぬ製法で出来る小巾の反物は、最高の肌触りと古布のような素朴な風合いがあります。その秘密は糸(弱撚糸)にあります。強く撚りをかけずに綿(わた)に近い状態の糸を天然のでんぷんのりで固めて、昔の機械でゆっくりと織っていく。一台の機械で一日一反(13メートル)しか織れません。出来上がった布は洗っていくうちにのりが落ちて、糸が綿(わた)に戻ろうとするので、生地がやわらかくなっていきます。この肌触りこそが伊勢木綿の魅力なのです。
   
・いそだか [磯高]
磯高とは、束帯、衣冠などを着用する際に用いる冠の部分名。冠の縁を磯といい、その縁が高いものをいう。また厚額ともいい、縁の低いものを薄額と称した。これは冠をかぶる人の年齢によって使い分け、磯高は壮年以上の料とされていた。
   
・いたあげゆうぜん [板揚友禅]
板揚友禅とは、友禅染の一方法で、型紙捺染を応用したものをいう。模様を切り抜いた型紙で色糊を捺染する手法で、型付け友禅、または写し友禅ともいわれる。
    
・いたうらぞうり [板裏草履]
板裏草履とは、草履の一種。板付草履ともいう。江戸時代末期ごろから用いられた履き物で、草履の真に厚さ2cmほどの木片を、つまさきからかかとまで幾つかに区切りをつけて打ちつけたもの。明治以降、紡績場の工女や小学生などに履かれた。
   
・いだしぎぬ [出衣]
出衣とは、衣冠、直衣(のうし)を着るときに、下に着る衣の裾を出して着ることをいう。出袿(いだしうちき)、出褄(いだしづま)ともいう。
  
・いたじめ [板締め]
大昔からあるそぼくな染色法。布地を三角形や方形に畳んでから二枚の板に挟み、強く縛って染液に浸して染める方法で、板に挟まれた部分は白く残り、板のあたっていない部分が染まり模様になる。模様の周囲が暈された柔らかい染味が特色で、麻の葉模様が代表的である。着尺地、長襦袢などに用いられている。また、二枚の板に同じ模様を彫って染めると左右対称の模様が現れるが、これは正倉院に残っている夾纈(きょうけち)に見られる技法である。先染め織物にも用い、東京の村山大島や山形県の白鷹御召の絣糸は、この方法で糸染めをしている。
 
・いたじめがすり [板締め絣]
板締め絣とは、絣の糸染めに板締めを応用して織った絣のこと。
   
・いたじめしぼり [板締絞り]
布地を様々な形に屏風だたみし、両面から板を当てて強く縛り、染色する方法で、板の当たっていない部分が染色される。布の折り方、板の形によって様々な模様が染め出される。模様の端がぼかしたように仕上がるのが特徴的。
      
・いたじめゆうぜん [板締友禅]
型紙の代わりに板を用いて、これで布を挟んで染め上げる。古代の染色法で「きょう纈」ともいう。現在ではほとんど用いられない。
   
・いたば [板場]
型紙捺染(友禅染、小紋染め、中形など)をするとき、反物をのせて糊置きする長い板を置いてある作業場のことを指す。
  
・いたばなておりさーじ [板花手織手巾]
織物の名称・沖縄県八重山郡与那国町
白地に色糸(紺、赤、茶、黄、黒など)で九本の太い横段を織り込んだ紋織物の一種。布の表裏両面とも同じ市松模様になる花織手巾。
与那国島は他島との交渉の少ない孤島だったため、沖縄に多い絣織はなく、他島には見られない独特の縞物が発達した。
花織手巾は、親兄弟の航海や道中の安全を祈願する「情けの手巾(ナサキのテサージ)」として、また意中の若者へ思いの丈を伝える「思いの手巾(ウムイのテサージ)」として織られた。また、女性の肩や髪にかける装飾用としても用いられた。
板花手織手巾は、かつては麻糸や芭蕉布で織られていたが、現在は綿糸で織られている。
   
・いたばゆうぜん [板場友禅]
型友禅や摺友禅の型置をする場所を板場といい、そこで部分的に印捺し、伏糊の後に板からはがして、しごき染や引染で地色を染めるものを板場友禅という。
    
・いたりあおめし [イタリア御召]
ナイロン糸に特殊加工をしてクリンプ(ちぢれ)状とし、これとレーヨン糸を「交織」したものに機械捺染で結城風の柄を染め上げたもの。市田㈱の創案によるもので日常着として人気があり、類似品や同種品の別チョップ(商標)が多く出た(かしわ御召、ローマ御召など)。今はない。
  
・いちいぎれ [一位切]
緞子の名物裂。藍茶地に牡丹唐草模様を織り出したもの。
   
・いちごぎれ [猪智子裂・覆盆子裂・苺裂]
いちごぎれとは、名物裂の一つ。数種あるが、前田家伝来の通称「菊いちご」が著名。うす茶の錦地に長円形の12弁の花文様を白、藍、緑、黄などでそれぞれ横1段ずつ織り出す。地と文様とでは糸の太さや撚りを変え、数段ごとに筋を入れ、さらに華麗な配色によって、文様の単調さを巧妙にやぶる。
  
・いちじょうさなだ [一丈真田]
男帯地の一種で、広島地方の男真田帯の総称。
   
・いちのかいがすり一之貝絣
織物の名称・長岡市「旧栃尾市」
栃尾郷は古くからの織物の産地であり、この栃尾織物が、歴史的にまた、社会的に意義をもつようになったのは、天明年間(江戸中期)に先染の縞織物が生産されてからであるといわれています。
つまり、天明の飢饉(1782年~1786年)を契機として、長岡藩より養蚕・機織りが奨励されて、縞紬の生産をみてからです。
寛文元年(1661年)の白紬に加えて、この縞織物の出現により、全国的に市場を確保するに至りました。
しかし、その後、時代の変遷により、紬の製織は次第に衰え、やがて姿を消しました。郷内各地では、それぞれ特有の製品が織り続けられてきました。その中でも、この一之貝の絣は名高く、栃尾紬を代表する程のものです。
  
・いちのはしぎれ一の橋切
緞子の名物裂。花色地に白で2cmほどの「真向兎」を織り出したもの。
   
・いちのひだ  [一の襞]
袴の部分名称の一つ。袴の前襞の一番外側で左右2本ある。
  
・いちまつもん [市松文]
色の異なる方形を交互に並べた割付文様。石畳文、団七、元禄模様ともいう。江戸時代中期末、江戸で活躍した上方の若衆方役者、佐野川市松が袴に用いて大流行したことにより、それ以後は一般に市松文様とよばれた。紅と白、紫と白など対照的な色を用いて、あでやかな効果を示す。  文様名 →紋様のページへ
   
・いちょうもん [銀杏文] 
文様名 →紋様のページへ
   
・いちよくぞめ [一浴染]
単衣染ともいい、一浴で同色に染め上げる。
 
・いちらくおり [一楽織・市楽織]
綾織の一種。縞のあるものを縞一楽ともいう。一楽の名はその組織が和泉(大阪)の人・土屋一楽の創作した籐編物に似ているため。星一楽、菱一楽、市松一楽、紗綾形一楽、壁一楽などがある。
   
・いつうら [五裏]

羽織裏用の甲斐絹(かいき)で、幅1尺8寸5分で1裏の長さ6尺1寸、これを5枚分で一疋としたことによりこの名がある。

   
・いつぎぬ [五衣]
中古の男子制服ひと揃えで、袍(うえのきぬ)、半臂(はんぴ)、下襲(したかさね)、袙・引倍木(あこめ・ひべぎ)、単衣の五品をいう。
   
・いっきゅうぎれ [一休切]
緞子の名物裂。萌黄地に5㎝くらいの蓮花唐草模様を花色で織り出したもの。一休禅師の袈裟裂と同種のためこの名がある。
   
・いっちんぞめ [一珍染]
友禅染の一種で、小麦粉を主成分とした糊を一珍糊という。この糊で糊置し、色挿しをした後、蒸し工程に移る前に生地を斜めに引いて糊を掻き落とす方法を用いた技法をいう。
    
・いづつがすり [井筒絣]
絣糸で井桁形を表現した絣をいう。
   
・いつつぎぬ [五つ衣]
五つ衣とは、女房装束の袿(うちき) のうち、5牧重ね袿の衣をいう。重ね袿の枚数は平安末期が最も多く、20枚という記録もあるが、鎌倉以降は5枚に定着した。
 
・いつつもん [五つ紋]
礼服の男女長着および男物羽織に用いられる。背紋は背縫いの衿付縫い目から1寸5分(5.5cm)下がった所に一つ。袖紋は後袖の袖山から2寸(7.6cm)下がった所の巾の中央に左右一つずつ。抱紋は前の肩山から4寸(15cm)下がった所の巾の中央に左右一つずつ、計五つ。五つ紋が最も正式で、紋の数が少なくなるほど略式。
     
・いづつもん [井筒文]
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・いといれ [糸入れ]
伊勢型紙を製作するときの一技法。極細の縞や地白部分が多い柄の型紙は、曲がったりよれたりしやすいので、それを防ぐために、二枚に剥がして彫った型紙の中へ細い糸を入れ、柄がずれないように柿渋で張り合わせる。熟練と手間を要する技術で、近年は技術者も減り、型紙の表に漆で紗を張る「紗張り」の方法を用いることが多くなった。しかし、現在も縞彫には糸入れが行われ、不可欠な技術として受け継がれている。
    
・いとおり [糸織り]
絹糸織の略で、経緯とも絹糸で織った織物のこと。意図の種類や撚り、組織によって多種類ある。
   
・いとこき [糸こき]
手縫いで運針やくけを行う場合、縫いこんだ途中や、縫い終わりで、糸がつれないように縫い目を指先と爪でしごくこと。しごきともいう。糸こきが十分でないと縫い糸がつったり、仕上がりがいびついたりする。
   
・いとじるし [糸印]
裁縫用語。主に袖山とか肩山などにつける合印。へらやルーレットがきかない布地や、道具を使うと布地が傷む場合に、糸で印をつけることをいう。多くの場合は、白のしつけ糸で切りじつけにする。その他の使い方としては、布地の傷や汚れの箇所を、あらかじめ示す場合に糸印を用いる。
   
・いとぞめ [糸染め]
先染め織物の一種として、糸のままで染めてから織る場合をいう。縞、格子、絣(かすり)、各種色模様織りなどすべて糸染めで織られたものである。
    
・いとにしき [糸錦]
美術って機名絹織物で錦の一種。金糸、銀糸、その他各種の色糸を用いて豪華に模様を織り出した織物。その折技法は天正年間(1573~92)頃に中国の明から伝えられたという。友禅染は多彩な染色なので、色と色が混じりあわないように、糸目糊で防染して染めるが、この防染糊が糸のように見えるところから、この名がある。化学染料の進歩から糸目糊で防染せずに、染料で直接模様を表現する無染友禅がある。この無染友禅との区別のために、糸目友禅、本友禅の名が必然的に用いられている。
 
・いとぬきがすり[糸抜絣]
各種の道具または機械を用いて、糸束に「抜染」する方法をいう。
   
・いとねり [糸練り]
生糸はセリシンという膠(にかわ)質の物質が表面を固めているので、これを除去する作業(精錬)が必要である。織物に織り上げてから行う場合と、糸の内に行う場合があり、後者を糸練と呼ぶ。主として糸染の際の前工程として行われる。別名「精錬」。
   
・いとまきぎれ [糸巻切]
金襴の名物裂。藍茶の繻子地で、唐草を金で通しに織り、ところどころ一行で唐草模様などを表したもの。
  
・いとまきもん [糸巻文]
文様名 →紋様のページへ
   
・いとめ [糸目]
手描き友禅染の技法で防染糊(ぼうせんのり)を置いた線が、染め上がりに糸状に細く現れるため、この名になる。また、それ自体で模様を表すこともある。白い細い線を残すことを白糸目といい、地色とは違う細い色の線を残すことを色糸目という。黒く細い線で残すことをカチンという。また、金や銀で線を入れることを金糸目、銀糸目という。
      
・いとめのり [糸目糊]
友禅染に使用する糊で糯(もち)糊と小紋糠(ぬか)で作るが、糯糊を多くして普通石灰を入れない(入れる場合もある)。この糊は、使用しない場合でも、毎日湯煎しながらかき回し、水飴のような滑らかで引きのある糊で琥珀色をしている。使用するときは先金を入れた封筒に入れて、糊を押し出すようにしながら細い線を描いていく。これを糸目という。糸目糊にはその材料の違いから、糊糸目とゴム糸目とがある。
 
・いとやぎれ [糸屋切]
金襴の名物裂。金の上紋輪宝の形に似ているので輪宝裂ともいう。大阪堺の人・糸屋宗有が明国から伝えたのでこの名がついたといわれているが詳細は不明。
   
・いとやふうつう [糸屋風通]
糸屋風通とは、名物裂の一つ。風通は織物組織名で、経糸と緯糸を2重にし、それぞれの経緯で表裏を交ぜさせて織る、つまり表裏は同一文様だが配色は2重の経緯に応じて逆になる織り方である。糸屋とは堺の唐糸屋に伝わったことからといわれるが詳細は不明。
 
・いとよしぎぬ [糸好絹]
胴裏地に用いる絹裏地。「糸好絹」と「秩父(ちちぶ)絹」とあり、「糸好絹」は、本絹糸で、「秩父絹」は、玉糸などの節のある絹なので、丈夫ではあるが、体裁は、「糸好絹」のほうが美しい。
 
・いとよしぎぬひらみみ [糸好絹平耳]
糸好絹で耳糸の密度を増したもの。最も紅色染に適す
  
・いなづまがた [稲妻型]
稲妻(電光)の形を模様化したもの。
   
・いなづまもん [稲妻文] 
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・いなつむぎ [伊那紬
織物の名称・
伊那紬は、松本紬、上田紬、飯田紬とともに、総称として信州紬と呼ばれています。天竜川添い地方は、18世紀初めからすでに養蚕と織物が地場産業として興り、「信州、蚕の国、絹の国」として知られてきました。蚕が繭を喰いやぶってでてきてしまい穴のあいた繭など、京都、名古屋などの消費地に出荷できない繭を引き、自家用として染め織りをしたのが伊那紬の始まりです。
伊那紬の大きな特徴は、まず糸。経糸には生糸、山繭糸、玉糸、真綿の手紡ぎ糸など、緯糸には玉糸か真綿の手紡ぎ糸を使います。玉糸とは、偶然2匹の蚕が一つの繭を作り、その繭から2本の糸を一緒に引き出したもので、空気が入る分だけふんわりとした風合いの布になるという稀少価値の高い糸です。 もう一つの自然な風合いの伊那紬, 伊那谷は、古くから養蚕が盛んで、伝統的工芸品の伊那紬は、伊那谷の女性特徴は、染材に地元伊那谷から手に入る植物しか使わないことです。リンゴ、いちい、唐松、山桜、白樺などの木の皮、やしゃぶし、団栗、胡桃などの木の実、15種類ほどもの植物が使われます。
  
・いなみつむぎ井波紬
織物の名称・富山県南砺市井波
井波では天正年間(1573~1592)に居座機で生絹を織っており、文政年間(1818~1830)から紬織が始まったといわれる。井波紬は手紡ぎの太糸を用い、刈安など植物染料で主に茶褐色に染めて織り上げたもので、独特の風合いを持っていた。そのため着尺や茶人のコートなどに用いられたという。
最盛期は大正年間だが、その後衰退し、昭和19年に消滅した。
   
・いぬやまつむぎ [犬山紬
織物の名称
絹織物の一つ。大正十年(一九二一)ころより愛知県古知野町付近で生産された紬。緯に生糸または山繭屑糸を利用。黒茶無地で男物羽織男羽織、兵児帯、コート地などに用いた絹織物。
   
・いねもん [稲文]
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・いばらきぎれ [茨城切]
金襴の名物裂。白地に1.5cmと横1.2cmの三重菱の中に菊花一輪ずつを繰り返したもの。
   
・いぶきぎれ [伊吹切]
緞子の名物裂。花色地に太さ5ミリほどの角を十字、上下左右に貫き通した白い紋のもの。
   

いへいおり[伊兵衛織]

織物の名称
伊兵衛織は、民芸運動発祥の地静岡県浜松市で織られている紬で、牛首紬と同様、当時屑繭とされた玉繭を手紡ぎした「玉糸」を使用している。大きな特徴は、一般の紬と比べ、4倍程の太さに撚りをかけた太糸で織り上げているところ。その厚めのしっとりとした風合いは、冬でも裏地をつけずに単衣仕立てで着られ、手軽にクリーニングに出せるという特筆すべき実用性を備え持っている。
   
・いまがわぎれ [今川切]
金襴の名物裂。紺地に幅1.2cmほどの菱垣を金で織り出し、上紋に雲竜を3cmの大きさで表したもの。
   
・いよがすり [伊予絣]
織物の名称・愛媛県松山市
伊予絣とは、現在の愛媛県である伊予で織られる絣の一つ。伊予絣は平織りの紺木綿絣である。他の紺絣と比べて農村向けの大衆品といえよう。藩政時代、今出(いまず)で生産されたので今出絣といったが、産額が増大するにつれて、いつしか伊予絣とよぶようになった。盛んに生産されたのは明治末期から昭和初期までで、「久留米絣」「備後絣」と共に日本三大絣産地の一つに数えられながらも、現在では衰退の方向にある。
   
・いよかみこ伊予紙子

織物の名称・愛媛県松山市
伊像国宇和島にいた泉貨居子が発明した厚紙はその丈夫さから全国に知れ渡り特に紙衣用紙として人気を博した。

 
・いよすだれどんす [伊予簾緞子]
伊予簾緞子とは、名物裂の一つ。十数色の整然としたたて縞を緞子に組織したもの。文様は段替りに織られ、すなわち、黄色みの淡藍のよこ糸で梅花文を散らした部分と金色のよこ糸で細かな石畳文と宝尽し文を織り出した部分とに分かれている。名物茶人伊予簾の任務(しふく、茶器を入れる袋)に用いられたと伝えられ、この名をつけられている。
    
・いれかたびら [入帷子]
昔、小袖をしまうとき包んだもので後世の袱紗(ふくさ)または風呂敷のようなもの。
   
・いれかわりもん [入替文]
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・いろあげ [色揚げ]
普通の染め直しはいったん白生地の状態に戻しその上に新しく染色するが、色揚げは、褪色(たいしょく=いろがあせる)した染め物を染め直すこと。同系の濃色をかける場合と、暗色に染める場合とがある。
    
・いろあわせ [色合せ]
きものと帯、帯と帯〆、羽織ときもの、きものと半衿や裏地、下着や履物、バック類など、すべての調和美を考えて、色彩効果を上げるように調整すること。染色上の用語では、見本の色相と同じ色に染め上げることをいう。何度も色袷をして見本の色を出すようにする。
   
・いろえり [色衿]
色物の半襟のこと。白半衿に対していう。戦前の半衿は色衿が多く、刺繍や絞りが施されていたが、戦後は白衿がおおくなった。これには、髪型や化粧の変化が大きく影響している。しかし現代では色衿も広く愛用されている。
   
・いろおおしま [色大島]
絹織物の一種。色物の大島紬のことをいう。元来大島紬は、藍大島、泥大島、泥藍大島であるが、流行や好みに応じて多彩な大島紬も織られるようになった。これらを総称して色大島とよんでいる。
   
・いろがすり [色絣]
色絣とは、紺白の絣に、他の色を配して織ったものをいう。絣はかすったような模様が特徴である。
   
・いろぎぬ [色絹]
「糸好絹」を時色、クリーム色、浅黄色などに染め上げたもの。裏地として使用するほか、幼児の宮参り用産着の下着などにも使用する。
   
・いろさし [色差し]
型染め、友禅、更紗(さらさ)などの小部分に色を小刷毛や筆で加えること。糊置きをした上に加える場合と、仕上げ後で加える場合とがあり、仕上げ後のものを後差し(あとざ)し、手付け紅ということもある。
    
・いろたび [色足袋]
色足袋とは、色染めされた革や裂(きれ)の足袋。慶長(1596~1614)のころに描かれた風俗絵屏風の「豊国大明神臨時祭図」などによれば、男はうす茶、焦げ茶、金茶、水色、萌葱、卵色、紫など、女は紫、うす茶、卵色、水色など種々の色足袋の用いられていたことが知れる。昨今では男の黒足袋のほかは、色足袋は多く年配者の普段ばきとなっている。
   
・いろとめそで [色留袖]
きものの名称。黒地以外の色地の裾模様の総称。民間では黒留袖が第一礼装だが、宮中では色留袖が用いられている。黒留袖は既婚者だけが着るが、色留袖は未婚者も着ることができる。五つ紋、三つ紋、一つ紋があり、紋の数によって着物の格が決まる。
  
・いろなおし [色直し]
結婚、出産、葬儀のときは白無垢を着ることが、古くからのならわしであったが、その後で色物のきものに着替えることを色直しといった。現在では、結婚式の当日、新婦が式服を脱いで別の衣服に着替えることを言う。最近では一種の演出として二回も三回も色直しをすることもある。
   
・いろながしぞめ [色流し染]
色流し染めとは、染色法の一つ。顔料や染料にアルコールなどを加えて染液をつくり、水の上にたらして緻密な木目状や波紋状に乱し、紙あるいは布ですくい上げるか、上から布を当てて染める技法。「墨流し染」も墨汁を用いたこの方法。
   
・いろなき [色泣き]
色泣きとは、染め色がにじみ出して他の色と重なってしまうことをいう。「泣き」は、にじむ、しみるなどの意味。
   
・いろぬき [色抜き]
染物から色を抜き取ることをいう。普通染め替えをする場合は、薬剤(ハイドロサルファイト)を用いて脱色するが、絹のきものに用いる染料は、直接染料と酸性染料が多いため、色抜きは比較的簡単である。
   
・いろのり [色
染料を混ぜた糊のことをいう。また、もち粉や米ぬかなどの天然の糊料(元糊〈モトノリ〉)に染料を合わせて作る。写し糊、友禅糊ともいう。
       
・いろふりそで [色振袖

きものの名称。地色の重い黒振袖に対して、地色がいろものの振袖を色振袖という。

   
・いろみほん [色見本]
基本となる色、あるいは染料を操作するための標準となる色相や濃度、色合せの割合などを示す目的をもってつくられた染色の見本帳。色名、染料、操作方法を併記してあるものが多い。誂(あつら)え染めの注文取りの目的につくることもある。
  
・いろむじ [色無地]
黒以外の色の一色無地染のきもの。紋綸子のような地紋のある生地を用いることが多い。色無地のきものは紋をつけて、吉凶両用の準礼装や略礼装として用いることができ、黒無地は染抜きの五つ紋をつけて礼装の喪服として用いる。
   
・いろめ [色目]
配色による色合いや、色調のことをいう。また、単に色彩の名称をいう場合もある。奈良時代より前から衣服の色によって階級が決められていたが、平安時代にはその傾向が一層強くなり、一般庶民は使用することができなかった。またこの時代は、衣服を何枚も重ねて着る習慣があり、その色の重なりを襲色目(かさねいろめ)と呼んで重視された。襲色目には桜襲、菊襲など数多くの種類があった。
   
・いろもんつき [色紋付]
一・三・五つ紋などの家紋を付けた、色無地のきもののこと。
     
・いわいおび [祝い帯]
祝い帯とは、妊娠5か月めに、女性が胎児を正しく保つ目的で締める木綿の白い布をいう。岩田帯に同じ。
    
・いわいぎ [祝い着]
祝い事のとき着るきもののことである。現代ではお宮参り、七・五・三、十三参り、還暦祝いなどに用いられる。
  
・いわいずみなんぶつむぎ [岩泉南部紬]
織物の名称・岩手県下閉伊郡岩泉町
クルミ、キワダ、その他の草木を染色の原料とするほか、化学染料による先染加工(手織)をし、男女物の着尺からアンサンブル、帯まで生産し販売しています。手織紬特有の優雅にして自然の風格、軽やかにして温かい肌ざわりと強靭で着崩れない格調の高い製品として好評を得ています。南部紬は藩政時代から領内各地において生産され、ムラサキ・アカネなどの野草を原料として縞に先染めした素朴な織物でだったが、染原料の野草が消滅するにつれ白地のまま販売されるようになりました。今は紬を織る人も少なくなりましたが、南部紬を復活するため、昭和43年に三陸製糸(株)で取り組まれましたが、昭和62年に工場閉鎖となり、現在は数名によって生産されるのみとなっています。
岩手県岩泉町や花泉町で織られている美しい縞柄の紬で、玉繭をつむいで高機で織られています。また糸染めは紫根染めで行われているために南部紫根染めとも言われ、色調は紫系が中心になっています。
   
・いわいばかま [祝い袴
袴の一種で、七五三の五歳の男児がはく袴のことをいう。紋織りや縞の袴が一般的だが、羽織と同じ熨斗目模様の羽二重を用いる場合もある。
   
・いわいゆうぜん [祝い友禅
七五三など子供のお祝いのときに着る友禅染のこと。
  
・いわくにちぢみ岩国縮
織物の名称・山口県
山口県岩国地方で生産されていた綿縮(めんちぢみ)の一種。寛延(かんえん)年間(1748~51)に富山秀意が丹後縮緬(たんごちりめん)の製法に倣い、木綿に応用して綿縮をつくりだしたことに始まる。天保(てんぽう)年間(1831~44)から岩国縮の名称で知られるようになり、明治以後も地場産業の一つとして盛んであった。第二次世界大戦前の綿縮は、義済堂(ぎせいどう)のものが著名であり、経糸(たていと)に32番手、緯糸(よこいと)に20番手の左右強撚糸(きょうねんし)を使用していた。
   
・いわたおび [岩田帯]
岩田帯とは、斎肌帯(ゆはだおび)、結い肌帯ともいい、妊産婦が5か月めから締める帯をいう。さらし木綿を用いるが、初生児の場合は嫁の里から贈られるが、嫁の里では安産祈額のため神社に詣でて、これを受けてくる場合が多い。多くの場合、最初産婆が締めてくれるが、この帯の目的は生理的現象というよりは、古くは呪術的な行為から出ていた。岩田帯を締める祝いを帯祝いともいう。
   
・いわてほーむすぱん [岩手ホームスパン]
織物の名称・岩手県盛岡市
手で紡いだ羊毛を草木染にしたホームスパン。
明治初期に緬羊の飼育が開始され、イギリス人宣教師に織法を教わったのが始まり。大正から昭和にかけ梅原乙子が生産と普及に尽力、すぐれた製品として県の特産品と認められ、現在に至る。
   
・いわみしふ [石見紙布]
織物の名称・島根県
平安時代中期の藤原明衡の随筆集『新猿楽記』に、地方特産品として石見紬を挙げているが、その詳細は幻の彼方である。優れた紬であったと思われる。その古を現代に復活させようとした人がいた。昭和63年、絹製糸の町・鹿足郡日原町(現・津和野町)の文化祭で石見紬復元の試作を実演したのは中井将善氏。当時すでに製糸界は中国・ブラジル生糸を輸入。日本の製糸業は斜陽。山陰地方唯一の生糸工場・石西社はまだ操業していた。その後の紬復元の経過は不明。また、製糸工場の石西社はすでに廃業した。現在は日原の絹を若い人々に伝えるべく、町立シルク染め織り館を設立。手織り教室では県内外の研修生が学んでいる。
   
・いわみつむぎ [石見紬]
織物の名称・島根県
平安時代中期の藤原明衡の随筆集『新猿楽記』に、地方特産品として石見紬を挙げているが、その詳細は幻の彼方である。優れた紬であったと思われる。その古を現代に復活させようとした人がいた。昭和63年、絹製糸の町・鹿足郡日原町(現・津和野町)の文化祭で石見紬復元の試作を実演したのは中井将善氏。当時すでに製糸界は中国・ブラジル生糸を輸入。日本の製糸業は斜陽。山陰地方唯一の生糸工場・石西社はまだ操業していた。その後の紬復元の経過は不明。また、製糸工場の石西社はすでに廃業した。現在は日原の絹を若い人々に伝えるべく、町立シルク染め織り館を設立。手織り教室では県内外の研修生が学んでいる。
   
・いんかふ [印花布・印華布]
500年以上の歴史を持つ、中国の代表的な藍染めの布の一つです。模様を彫った型紙を布の上に置いて、ノリで防染して藍で染めます。
中国更紗を華布、唐華布、印華布と称するが、印花布は本来、更紗ではなく、中国庶民が着用する型染めの木綿布。竹の繊維を紙料にしてすいた厚紙に、桐油、豚油を塗布して型地紙をつくり、これに一枚型の模様彫りをほどこして型紙にする。大豆粉に石灰を混ぜた印花麺で型置き防染ののち、紺屋の藍がめに浸染して紺地に白の模様をつけたものを藍印花布、多色の色料で着彩したものを彩印花布という。
   
・インカもよう [インカ模様
模様の名。南アメリカ、ペルーで栄えたインカ帝国(13世紀~16世紀)で生まれた模様。大要を神とする宗教と、非常に高度な文化を持っていた。綴織を中心とする織物や、生活用具の土器や木工品などに残る、素朴な模様を総称して、インカ模様と呼んでいる。模様のモチーフは擬人、動物、植物、魚、鳥などで、単純な線で表現されている。主に帯の模様として用いられている。
   
・いんきん [印金]
金彩加工技術の昔の呼び名,別名。
印金裂とは、布面に糊置き金箔を接着し糊から出た部分を掃き取って文様をあらわした裂。唐代に始まり宋代に盛行する。往時の技法の詳細は不明である。金欄とは異なり、羅、紗のように薄手の裂にも金箔で豪華な文様を表現でき、その文様も「織り」よりも柔軟なものにすることができる。日本には袈裟裂や打敷(仏壇、仏具などの敷物)として14世紀以降流入した。
   
・インディゴ(インジゴ)
染料の一種。人工的に合成した藍のこと。天然の藍は原料となる植物の葉や茎から採取する青色染料で、還元作用によって可溶性として繊維に染めたのち、空気中で酸化発色する方法で染色する、建染(たてぞめ)染料の一種である。現代では合成によって人造藍として大量に生産されている浅葱色、紺色の堅牢な染料として広く用いられている。そのため、植物藍の使用は激減している。
   
・いんでん [印伝]
革染めの一種。鹿や羊のなめし皮に、染料や漆で模様を染め付けたもの。インドから伝わってきたためにこの名がある。江戸時代には革羽織や足袋などに用いられていた。現在は山梨県甲府市の特産品として有名である。
   
・いんどさらさ [印度更紗]
更紗の一種でインドで産する更紗のこと。主として多彩な木綿の染模様を意味する。ほかにはペルシャ、タイ、ジャワ更紗が有名。インド更紗は、わが国に最も古くから伝えられており、古渡り更紗といわれるものの中にはインド更紗が多い。藍染めが多く、ペーズリー模様が特色といえる。技法は手描きのカラムカリーとよばれるものと、パランポアと呼ばれるチーク材に模様を彫った木版捺染のブロックプリントがある。
   

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この用語集は日本繊維新聞社「新語服に強くなる本」アシェット婦人画報社「きもの用語事典」等から引用しています。