(もち) 
  
 餅とはいうものの、円形を白地、紺地に書き出したものです。紋章としては最も原始的なもので、餅を丸くする風習から、餅に結びつけたものと推測されます。餅は、朝廷の式典にも用いられ、保存性の良さから武族の食糧としても重宝されました。また、「もち」は「持」「保」に通ずるところからおめでたいものとされ、黒地に描く「黒餅」は「石持」に通ずるので、武士の一所懸命の所領・石高を保有するとして喜ばれました。白餅と黒餅を、石持とよぶのは、ここからきたと思われます。
 使用家としては、餅紋は黒田氏が有名です。最初白餅であったものが、黒餅に転じていったようです。。「関ヶ原合戦屏風」によると、黒田長政の陣地には黒地に白抜きと赤地に白抜きの餅紋の旗が見えるとあります。これは月という説もありますが、白餅といわれています。そのほかは、浅野・竹中・五十嵐・安信・筑紫の諸氏が黒餅紋を用いました。また、餅紋のなかには、菱形や、重ね餅などもあります。
 

参考資料 講談社「家紋と家系辞典」他

 

     

白餅

黒餅

菱餅

細輪に重ね餅

雪餅

    

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